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意志力だけでは変えられない、外食・コンビニ依存を生む社会構造

「またコンビニで済ませてしまった」の正体

夜遅く帰って、冷蔵庫を開けてため息をつく。何か作る気にもなれず、結局デリバリーアプリを開くか、近くのコンビニへ向かう。翌朝レシートを見て「もう少し節約しないと」と思いながら、その夜にはまた同じことをしてしまう——そういう経験、一度はあるのではないでしょうか。

こういうとき、多くの人は「自分の意志が弱いせいだ」と考えます。でも、実はそこに問題の本質はないでしょう。総務省の家計調査によると、2023年の二人以上の世帯が外食に使う金額は月平均およそ2万7千円で、10年前より約15%上がっています。単身世帯ではさらに顕著で、食費全体のうち外食・コンビニなどの中食が半分を超えるケースも珍しくありません。これだけ多くの人が同じ状況にあるなら、「個人の意志の問題」というより「社会全体で起きていること」と考えるほうが自然です。外食・コンビニへの依存には、意志力とはまったく別のところに原因があります。

 
脳と体のエネルギーが、夜には底をついている

行動経済学に「決断疲れ(Decision Fatigue)」という言葉があります。人間が一日に下せる「質のいい判断」の数には限りがあって、それを使い切った状態では、とにかく楽な選択肢に流れやすくなるという考え方です。2011年にイスラエルの研究者たちが行った仮釈放審査の研究では、一日の始まりに審査官が仮釈放を認める割合は約65%だったのに対し、一日の終わりには10%以下に落ちていたことが明らかになっています。食事の選択も、まったく同じことが起きています。

仕事でいくつもの判断を重ねてきた夜に「今夜は何を作ろう」「冷蔵庫の食材でできるものは」と考えるのは、思った以上に脳への負荷が大きい行為です。料理は食材を選んで、火加減を見ながら、複数の工程を同時に進めるという、認知的にかなりハードな作業でもあります。厚生労働省の「令和5年版 過労死等防止対策白書」によると、週60時間以上働いている人は全体の約6%いて、サービス業や医療・介護の現場では残業が当たり前になっているところも少なくありません。そういう環境にいる人たちにとって、帰宅後に自炊を選べるかどうかは「意志の強さ」ではなく「残っているエネルギーがあるかどうか」の問題です。

 
食環境の設計が選択を先回りしている

個人の意志とはまた別の話として、私たちの食の選択は「周りの環境」に大きく左右されています。コンビニは現在、全国に約5万8千店(日本フランチャイズチェーン協会、2024年)あり、都市部では半径200メートル以内に複数の店舗が並んでいることも日常的な光景です。一方で、生鮮食材を売るスーパーが徒歩圏内にない「食品砂漠」と呼ばれる地域の問題もあり、農林水産省の試算では全国で約825万人がその状況にあるとされています。物理的にコンビニしか近くにない人にとって、「自炊するかどうか」という選択肢は、そもそも存在しないでしょう。

食品メーカーや外食チェーンが「また食べたい」と思わせるために研究開発に注ぎ込む労力も、無視できません。コンビニ食品や外食メニューの塩分・糖分・脂質は、脳の報酬系を刺激するよう精密に調整されています。神経科学者のデイヴィッド・ケスラーは著書「過食の終焉」の中で、こうした食品が自然な食欲調節の仕組みを上書きしてしまうことを論じています。「なぜかやめられない」という感覚は、弱さの問題ではなく、設計の結果です。

 
社会的孤立と「食の手段化」が引き起こす変容

外食・コンビニ依存には、時間やお金だけでなく、人とのつながりの変化も関係しています。内閣府の「令和4年版 孤独・孤立対策白書」では、日本で「孤独を感じている」と答えた人が全体の約4割にのぼることが示されており、単身世帯の増加とともにその傾向は続いています。誰かと一緒に食卓を囲む場面が想像できないとき、一人のためにわざわざ一汁三菜を用意しようという気持ちは、なかなか湧いてきません。食事が「空腹を満たすための作業」になってしまったとき、最も手軽なコンビニやファストフードに向かうのは、ある意味で合理的な判断です。

国立社会保障・人口問題研究所のデータによると、2020年時点で単独世帯は全世帯の38%を占め、2040年には44.3%に達すると予測されています。食をそもそも「誰かと楽しむもの」として体験してこなかった人が増えていく社会で、自炊を続けることを個人の努力だけに任せることには、どうしても無理があります。

外食・コンビニ依存を変えたいと思ったとき、最初に見直すべきは意志力ではなく、自分の生活の状態です。何時間働いているか、誰かと食事する機会があるか、歩いて行けるスーパーがそもそもあるか——そういった問いに向き合うことが、食の選択を本当の意味で変えていくための、最初の一歩になるでしょう。

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