コロナ禍が変えた「おうち時間」——定着した習慣と消えたブームの境界線

2020年の春、緊急事態宣言が出たあの頃を覚えていますか。週末に出かける予定がすべて消え、友人との約束もなくなり、気づけば一日中家にいるという、それまでの生活では考えられなかった日々が続きました。最初はただ手持ち無沙汰だった人も、次第に「せっかくだから、家で何か楽しいことをしよう」という気持ちに変わっていったのではないでしょうか。

そのとき生まれたのが「おうち時間」という言葉であり、その中身は驚くほど多彩でした。パンを焼く、ジグソーパズルを広げる、映画をまとめて観る、友達とオンラインで飲む——ふだんは「時間がないから」と後回しにしていたことが、突然リストの一番上に来た感覚があったはずです。Googleトレンドのデータを見ると、2020年4月の「パン 作り方」という検索数は前年同月比で約3倍にまで膨らんでおり、スーパーの棚から強力粉が消えたという話は、当時のニュースでも何度も取り上げられていました。

あれから5年が経ちます。あのとき夢中になったことのうち、今も続いているものはどれくらいあるでしょうか。何かをきっかけに始めた習慣がそのまま生活の一部になったものもあれば、緊急事態宣言が明けた途端にぴたりとやめてしまったものもあるはずです。定着したものと消えていったものを並べて見てみると、そこにはある共通のパターンが浮かび上がってきます。

 

生活に「溶け込んだ」サービスが生き残った理由

コロナ禍を経て今も日常に根付いているものの筆頭といえば、NetflixやAmazon Prime Videoなどの動画配信サービスでしょう。矢野経済研究所の調査によれば、国内の動画配信市場は2023年度に約5,700億円規模に達しており、コロナ前の2019年と比べると2倍以上の水準です。月額料金を払い続けていれば新しいドラマや映画が次々と追加されるので、「解約しようかな」と思うタイミングがなかなか来ない構造になっています。気づけば契約して3年、4年という人も珍しくないでしょう。

電子書籍も同じような広がりを見せています。出版科学研究所のデータによると、電子コミックを含む電子書籍の市場規模は2023年に約6,000億円に迫っており、外出自粛をきっかけにスマートフォンやタブレットで本を読む習慣が一気に広まりました。リアルな書店に行けない環境が強制的にデジタルへの移行を促したわけですが、一度使い始めると「重い本を持ち歩かなくていい」「読みたいときにすぐ買える」という便利さが手放せなくなり、規制が解除されたあとも利用が続いた人が多かったと考えられます。

フードデリバリーも、その代表的な例のひとつです。Uber Eatsは2020年に利用者が爆発的に増え、外出できない時期の「食の救済手段」として広まりました。その後、飲食店への外出が自由になってからも需要は下がらず、「たまには楽をしたい日のための選択肢」として定着しています。これらのサービスに共通しているのは、一度使い始めると生活の中にごく自然に入り込み、わざわざやめようという気が起きにくいという点です。「便利さへの慣れ」が習慣を支え、習慣がサービスを生活インフラへと押し上げた流れは、コロナがもたらした消費行動の変化の中でも特に大きな動きといえるでしょう。

 

制限が解けたら消えたブームの正体

一方で、あれほど盛り上がっていたのに気づけば話題にもならなくなったものもあります。パン作りやお菓子作りは、その代表格です。2020年に品薄が続いた強力粉やドライイーストは、2021年には棚に普通に並ぶようになりました。製菓用品メーカーの中には、2021年度の売上がコロナ禍のピーク時から30〜40%落ち込んだことを決算で示した企業もあります。パン作りそのものが悪いわけではなく、「時間がたっぷりある」という特殊な環境があってこそ成立していた趣味だったという見方が自然でしょう。仕事や学校が戻り、以前の忙しさが戻ってくれば、こねて、発酵させて、焼くという工程を毎週こなす余裕はなかなか持てません。

オンライン飲み会も、ほぼ同じ運命をたどりました。ZoomやGoogle Meetのダウンロード数は2020年に記録的な水準を示しましたが、居酒屋や飲食店が通常営業に戻った途端、使われる場面が急激に減っていきました。画面越しに乾杯するスタイルは、「直接会えないから仕方なく」という状況から生まれたものであり、選べる環境になれば多くの人がリアルを選ぶのは当然の流れです。コロナ禍で売上が跳ね上がったジグソーパズルやボードゲームも、市場は2022年以降に平常運転へと戻っています。

このパターンから見えてくるのは、「ほかに選択肢がなかったから生まれたブーム」は、選択肢が戻った瞬間に終わりを迎えるという、シンプルな構造です。それ自体は責められるものでも、失敗でもありません。ただ、そのブームに乗って製造ラインを増やし、在庫を大量に積み上げ、広告費を投じた企業側には、その後の需要急落が重い調整コストとして残りました。一時的な熱狂と持続的な需要の見極めが、いかに難しいかを示す事例といえるでしょう。

 

「おうち時間」が残したのは習慣だけではない

ブームの定着と消滅を追いかけていくと、コロナ禍が変えたのは買い物の仕方や余暇の過ごし方だけではなく、もう少し深いところにある価値観ではないかという気がしてきます。内閣府の調査では、コロナ禍を経て「仕事よりも生活を大切にしたい」という意識が高まったと回答した人の割合が増えており、時間の使い方に対する考え方が変わった人は決して少なくありません。

エンタメ産業にも、その変化ははっきりと刻まれています。映画は劇場公開と同時に配信される作品が増え、音楽ライブはリアル会場とオンライン視聴を組み合わせたハイブリッド形式が標準になりつつあります。「家で楽しむ」という選択肢を前提としたビジネスモデルへの転換は、コロナが落ち着いた今も続いており、エンタメの届け方そのものが変わったといえるでしょう。

「おうち時間」というキーワードが象徴するのは、外の世界への参加だけが豊かさではないという気づきかもしれません。日常の中に小さな楽しみを見つけ、家という空間をもっと自分らしく使う——そうした感覚は、コロナという苦難の副産物として私たちの文化に確かに刻まれました。ブームは消えても、その問いそのものは、これからの余暇や消費のあり方を考えるうえで、重要な問いかけとして残り続けるでしょう。

カテゴリ
生活・暮らし

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