旨い酒と個性のある酒は別物だった——杜氏制度崩壊が問うものとは
冬だけ来る職人たちが、酒の「個性」を作っていた
日本酒のラベルを見ると、蔵の名前と産地が書かれています。でも本当は、その酒の味を決めていたのは「どこの蔵か」よりも「誰が造ったか」——もっと正確にいえば「どの流派の杜氏が来たか」でした。
杜氏(とうじ)とは、酒蔵における製造の最高責任者のことです。米の選定から仕込みの管理、発酵の見極めまで、酒造りの全工程を取り仕切る職人といえます。その起源は江戸時代にさかのぼります。農閑期になると農村の男たちは村ごとに集団を組み、冬の間だけ酒蔵へ出稼ぎに出ました。春になれば故郷へ戻り、また翌冬に蔵へやって来る。この繰り返しが「杜氏制度」の原型です。
重要なのは、技術の伝承が「蔵」ではなく「地域」を単位として行われていた点です。岩手県の南部杜氏、兵庫県の丹波杜氏・但馬杜氏、新潟県の越後杜氏——日本三大杜氏と呼ばれるこれらの流派はそれぞれ独自の発酵管理と仕込み哲学を持ち、同じ酒米・同じ水を使っても、派遣される流派が変わると酒の輪郭が変わりました。「杜氏が変われば酒の味も変わる」という言葉は、単なる業界の慣用句ではなく、この構造を正確に言い表した表現といえます。蔵が持っていたのは設備と場所であり、味を作っていたのは毎年やって来る職人たちの「流派の身体知」でした。
制度が崩れた本当の理由
杜氏制度が揺らぎ始めたのは、昭和30〜40年代の高度経済成長期です。農村の若者たちが都市部の工場や企業へ流れ込み、杜氏・蔵人の後継者が急速に減りました。地方の過疎化がそのまま流派の衰退に直結したのは、技術の受け継ぎが「地域のコミュニティ」を通じて行われていたからです。蔵の中にノウハウがあったのではなく、村に帰った職人同士の暮らしの中に技術が蓄えられていました。その土台が崩れると、制度そのものが立ち行かなくなっていきます。
対応を迫られた蔵元たちは、外部の杜氏集団に頼るのをやめ、自社の社員が通年で酒を造る「社員杜氏」「蔵元杜氏」という形態へ移行し始めます。月桂冠は1961年(昭和36年)という早い段階から社員による四季醸造体制を整えていました。
決定的な転換点として語られるのが、2000年に山口県・旭酒造が断行した杜氏制廃止です。経営危機で杜氏が去ったことを逆手に取った桜井博志社長は、「技術を理論的に検証しながら数値化・データ化する」と決断し、素人同然の若手社員4人と酒造りを再スタートしました。桜井社長自身が当時の杜氏制度についてこう語っています。「高齢化して後継者も少ない。楽に長く高給を取ろうと守りに入る。人材が育たず、手抜きが出る」。その後「獺祭」は現在約30カ国で販売されるブランドへ成長し、この決断は業界全体に強いメッセージを送りました。「データ化すれば、杜氏は不要になる」と。
品質が上がるほど、酒の顔が似てくる
旭酒造の成功以降、東京農業大学や各地の醸造試験場で共通のカリキュラムを学んだ若手社員が「社員杜氏」として全国の蔵に広がっていきます。再現性の高い温度管理、科学的な発酵データの分析——これらの技術革新は欠陥品を大幅に減らし、日本酒の平均品質を底上げしました。全国新酒鑑評会でも社員杜氏を擁する蔵が金賞を安定して受賞するようになり、「杜氏がいなくても高品質な酒は造れる」という事実が定着していきました。
ここに逆説が潜んでいます。品質を上げようとした改革が、個性を生む構造そのものを壊してしまったという事実です。
かつては各流派がそれぞれ異なる評価軸で酒を造っていました。ところが今、全国の蔵が同じ教育機関で学んだ人材を抱え、同じ鑑評会の金賞を目標に据えた結果、審査員の好む「クリアで洗練された吟醸香」が正解として定着していきます。協会系酵母の普及と精米歩合の数字競争が、酒をスコアの出やすい形へと収束させていったのです。酒造研究者の間では「今の鑑評会の金賞酒を並べると、蔵の違いが判別しにくい」という指摘も出ています。
国税庁のデータによれば、1999年から2019年の20年間で全国の酒蔵数は2,007社から1,235社へと約38%減少し、月に換算すると平均3.2蔵が廃業し続けた計算になります。廃業した蔵と共に、地域の仕込み方法や酵母の使い方、流派ごとの感性といった無形の技術資産も失われています。これが均質化を加速させた、もうひとつの構造です。
「その土地にしかない酒」を取り戻そうとする動き
均質化は悪意の産物ではありません。後継者難と経営危機に直面した蔵元たちが、生き残りをかけて選んだ合理的な判断の積み重ねです。ただ、その合理性が重なった先に「どの蔵も似た顔の酒」という構造が生まれているとすれば、業界全体で問い直す価値のある話といえます。
制度の外側で、新しい個性の生まれ方を模索する動きも出ています。愛知・丸石醸造が導入した「タンク責任仕込み」は、一人の社員がタンクごとに設計から瓶詰めまでを担う体制で、個人の感性を一本一本に直接乗せることを目指しています。秋田・新政酒造は秋田県産原料のみに絞り込み、自然酵母と古代米品種にこだわった独自路線を徹底しています。平成以降に旗揚げされた会津杜氏(福島)、下野杜氏(栃木)、富山杜氏といった地元杜氏集団も、その土地の気候と風土に根ざした酒造りを続けています。
2024年、「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。国際社会がこの文化に価値を認めたのは、均質化が進む時代だからこそ「失われゆく多様性」への警鐘でもあるでしょう。
次に日本酒を選ぶとき、精米歩合の数字や受賞歴よりも「この蔵は誰が、何を基準に造っているか」に目を向けてみてください。その問いが、均質化という見えない流れに抗う、飲み手としての最初の一歩になるかもしれません。
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