成長を続ける国産SaaS、海外市場への挑戦で問われる本当の競争力とは

成長する国内SaaS、その先に見えてきた海外市場

SaaSとは、ソフトウェアをパソコンにインストールするのではなく、インターネットを通じて利用するサービスです。会計、人事、営業管理、マーケティングなど幅広い業務に広がり、日本でもすっかり身近な存在になりました。富士キメラ総研によると、企業向けソフトウェア53品目の国内SaaS・PaaS市場は、2024年度の約1兆9,639億円から2029年度には3兆3,975億円へ拡大すると予測されています。5年間で73%増える計算で、これまでクラウド化が進んでいた営業やマーケティングだけでなく、会計や人事など企業の中核業務でも導入が進んでいます。

国内企業にも大きな成功例が生まれています。人事労務SaaSを展開するSmartHRは、2023年2月にARR100億円、2025年4月に200億円へ到達し、2026年7月には300億円を突破しました。ARRは毎年継続して得られる収益を示す指標で、SaaS企業の規模を見る際によく使われます。SmartHRの登録社数も8万社を超えており、日本だけでも大規模なSaaS企業を育てられることが見えてきました。予実管理の分野ではログラスが2025年度実績で国内市場シェア41.7%を獲得しています。国内で特定業務に強いサービスが育ったことで、次の成長先として海外を意識する企業が増えるのは自然な流れと考えられます。

 

世界市場は大きいが、進出すれば伸びるわけではない

海外市場には確かに大きな可能性があります。Gartnerが公表した予測では、世界のSaaSへの支出額は2024年の約2,508億ドルから2025年には約2,991億ドルとなり、1年間で19.2%増える見通しでした。SaaSを含むパブリッククラウド全体では2025年に約7,234億ドルと予測されており、日本とは桁の違う市場が広がっています。AIの普及によってクラウドサービスへの需要も強まっているため、国内市場だけを対象にするより、海外へ進出した方が成長余地を広げやすいと考える企業が出てくるでしょう。

ただし、市場が大きいことと、日本企業がそこで売れることは別問題です。SaaSはインターネット経由で提供できるため、製造業の海外進出と比べれば簡単に見えます。しかし、実際には画面を英語に翻訳するだけでは済みません。税制、会計基準、給与制度、個人情報保護、契約方法、決済手段などは国によって異なり、問い合わせ対応や営業組織も現地に合わせる必要があります。日本で100社の顧客を獲得する仕組みを持っていたとしても、海外で同じ費用と方法によって100社を獲得できるとは限りません。海外進出とはサービスを輸出する作業ではなく、現地でも事業として成立する仕組みをつくり直すことだといえます。

 

グローバル勢との本当の競争は機能数では決まらない

海外に出れば、SalesforceやMicrosoft、SAP、ServiceNowなど、世界規模で顧客を持つ企業と競う場面も増えます。こうした企業は豊富な資金を持ち、営業拠点や販売パートナーを世界各地に広げています。AI開発への投資も活発で、単純に機能を増やしたり価格を下げたりするだけでは競争が難しくなるでしょう。Gartnerも2025年の世界SaaS市場について、AI機能やサービス同士の連携を巡る競争が強まったと分析しています。国産SaaSが世界大手と同じ機能を同じ方法で提供しても、資本力や知名度の差がそのまま不利につながる可能性があります。

ここで見落とされやすいのが、SaaSでは「良いソフトを作れば売れる」とは限らない点です。顧客を一社獲得するために100万円かかり、その顧客から将来得られる利益が80万円なら、契約数が増えるほど事業は苦しくなります。反対に、顧客獲得に30万円かかっても、継続利用によって数年間で300万円の利益が得られるなら成長しやすくなります。海外展開でも問われるのは、この顧客獲得コストと顧客が生み出す長期的な価値のバランスです。日本で営業担当者が丁寧に説明して契約を取る方法が成功していても、人件費や移動費の高い国で同じやり方を再現すれば採算が崩れることもあるでしょう。海外展開の難しさは言葉の壁より、販売と収益の仕組みを現地で再現できるかにあります。

 

日本で培った強みを海外向けに作り替えられるか

国産SaaSにも勝機はあります。ただし、「日本企業ならではの細かな対応」をそのまま海外へ持ち込めば成功するとは限りません。日本の複雑な承認手続きや独自の商習慣に合わせて作られた機能は、海外では必要とされない場合もあります。細かな機能を増やしすぎれば、開発や保守の費用が膨らむ原因にもなります。一方、製造、物流、建設、小売、人事などで培った業務知識を整理し、国を問わず存在する課題へ置き換えられれば強みになるでしょう。「日本の働き方を海外へ売る」のではなく、「日本市場で鍛えた問題解決力を海外の業務へ転用する」という考え方が現実的ではないでしょうか。

AIの広がりも国産SaaSにとって追い風と逆風の両方を生みます。SmartHRでは2025年7月に提供を始めたAIアシスタントが約1年で900社を超える企業に導入され、問い合わせへの自動回答は累計15万回に達しました。AIによってサービスの価値を高められる一方、世界大手も同じ速度でAIを組み込んでいます。 これから問われるのは、機能の多さではなく、特定の業界や業務をどれだけ深く理解し、利用企業の成果につなげられるかでしょう。国内で十分な顧客基盤と収益力を築き、海外でも顧客を無理なく獲得できる仕組みを設計できれば、日本発SaaSが世界市場で存在感を高める可能性はあります。国産SaaSの海外展開は、単なる市場拡大ではなく、日本のソフトウェア企業が世界で通用する事業モデルを作れるかを試す挑戦になっていくと思われます。

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インターネット・Webサービス

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