インターネット以前と以後——「怒る」という行為はこんなに変わった
怒りの「速度」が変わった
かつて怒りは、自分のなかで静かに燃えるか、せいぜい家族や職場の同僚に話して終わるものでした。会社で理不尽な目にあっても、その気持ちが社会に届くことはほとんどなく、時間が経てば自然と落ち着いていくのが当たり前でした。それが今は、スマートフォンを取り出して数文字打てば、瞬時に世界中へ届いてしまいます。総務省の調査によると、2023年時点で日本のインターネット普及率は84.9%、スマートフォン保有率にいたっては90%を超えます。これはつまり、日本に住むほぼすべての大人が「怒りを発信できる端末」を常に持ち歩いている状態です。
ひとりが感じた不満が、投稿ボタンひとつで数十万人の目に触れ、数時間で社会問題になることもあります。米国のPew Research Centerが2021年に行った調査では、SNSユーザーの約64%が「感情的なコンテンツをオンラインで以前より頻繁に見るようになった」と回答しています。問題は、怒りを消化しきる前に次の怒りが飛び込んでくる、という日常が当たり前になってしまったことです。感情の処理が追いつかないまま、次々と強い刺激にさらされ続けている状態とも言えるでしょう。
アルゴリズムは怒りを好む
怒りが広がりやすい背景には、SNSプラットフォームの設計が深く関わっています。FacebookやX(旧Twitter)、YouTubeといったサービスのアルゴリズムは、ユーザーにできるだけ長く画面を見続けてもらえるよう設計されています。そして心理学的に、人間は怒りや恐怖、驚きといった強い感情を呼び起こすものに、目が離せなくなります。
Facebookの元データサイエンティストであるジェフ・アレン氏らの研究グループは2021年、同プラットフォームのアルゴリズム変更(2018年)が「怒り」や「憎しみ」を含む投稿の拡散を意図せず促進した可能性を指摘しました。怒りの絵文字リアクションには、一時期「いいね」の5倍の重みが設定されていたとも報告されており、怒りを表現するほど投稿が広まりやすい仕組みになっていたわけです。
国内でも似た傾向があり、国立情報学研究所の研究では、ネガティブな感情を含む投稿はポジティブなものより平均2〜3倍速く拡散する傾向があるとされています。私たちは無意識のうちに、怒りを「消費」し「生産」するサイクルに組み込まれているともいえます。アルゴリズムは中立ではなく、私たちの感情の生態系そのものを形づくっています。
「集合的な怒り」と炎上の構造
インターネットが普及する前、社会的な怒りが集まる場所といえば街頭デモや新聞への投書、テレビのワイドショーくらいのものでした。それが今では、ひとつの投稿をきっかけに数万人規模の批判が数時間以内に一点へ集中する「炎上」が、日常的に起きています。
東京大学大学院の田中辰雄特任教授らの研究によれば、日本では月に100件以上の炎上が発生しており、積極的に批判へ参加するユーザーは全体の1%未満に過ぎません。それでも社会全体が激しく怒っているように見えるのは、少数の強い声が大多数の意見に見えてしまう「怒りの光学的拡大」ともいうべき現象が起きているからです。当事者が受ける精神的なダメージは甚大で、実態よりもはるかに大きな批判を浴びているように感じさせます。
心理学では「集合感情」という概念があります。個人の怒りは、同じ感情を持つ他者とつながったとき、急速に強まる性質があります。SNSはその結合を地理的な制約なく瞬時に実現するため、感情の共鳴がかつてとは比べ物にならないスケールで起きやすくなりました。怒りが「ひとりの感情」から「集団のアイデンティティ」へ変わっていく速度も、格段に上がっています。
怒りと上手につきあうために
インターネットが普及した社会での怒りは、速度・規模・構造のどれをとっても、以前とは別物に近いものになっています。では、私たちはこの環境とどう向き合えばよいでしょうか。
ひとつの手がかりになるのが、「感情的距離」を意識して取ることです。スタンフォード大学のキャス・サンスティーン教授は、オンラインでの感情的な反応には「24時間ルール」が有効だと提唱しています。怒りを感じた直後に発信せず、一晩置くだけで投稿の質が変わり、後から後悔するような言葉を防げるという考え方です。感情に速度があるなら、あえて「遅さ」を使うことが一種のスキルになってきています。
メディアリテラシーの観点からも変化が求められます。2022年にユネスコが発表した報告書は、情報の真偽だけでなく「感情的操作の意図」を見抜く力を、現代のリテラシーの核に位置づけました。怒りを感じたとき、「この感情は自分が自然に抱いたものか、それとも設計されたものか」と一歩引いて問い直す習慣が、デジタル時代を生き抜くうえで実用的なスキルになっています。
怒りは本来、不正義や痛みへの正直な反応であり、社会変革の原動力にもなりえます。インターネットはその怒りを増幅・加速させると同時に、使いようによっては可視化と連帯の道具にもなります。問われているのは感情そのものではなく、感情をどう扱うかという、人間としての成熟度かもしれません。
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