「お月見どろぼう」の熱の連鎖に、ペンでなく軍手を持った日【愛知県名古屋市】
私の手元に、一冊の本(の原稿)がある。
ニュースサイト「ローカリティ!」の編集長・中野宏一さんと副編集長・丸山夏名美さんが出版した『FLAG IGNITION』だ。
読み進めるうちに、これまで自分がなぜ地域の出来事に心を引かれ、見続けてきたのか、少しわかった気がした。
本書で印象に残った一文がある。
「その旗が『わたし』のものであり、『われわれ』のものでもあるとなってはじめて人は自ら動き出す」
この一文を読んだとき、私は2024年9月、ペンではなく軍手を持って地域の広場へ向かった日のことを思い出した。
きっかけは、名古屋市の一部地域で行われている「お月見どろぼう」だった。
街の小さなコロッケ屋さんが、昔ながらの風習を現代の地域活性化イベントに再構築したこの取り組みは、年を追うごとに広がり、今では多くの人がそれぞれの方法で関わっている。
1軒から始まった「お月見どろぼう」
「お月見どろぼうです!」
店先で子どもたちが声をかけ、お菓子をもらっていく。名古屋市北区周辺では、いまや一大ムーブメントとなっている「お月見どろぼう」の光景だ。
お月見どろぼうとは、十五夜の夜に子どもたちを神の使いと見立て、お供え物を盗んでいってよいとする風習である。五穀豊穣を願う、いわば和製ハロウィーンのような行事だが、近年はすっかり見かけなくなっていた。
2022年、あるコロッケ屋さんが自分の店だけでお月見どろぼうを迎えた。訪れた「どろぼう」たちは10人ほどだったという。
地域で取材活動をしていた私は、このささやかな取り組みになぜか心を引かれた。翌年から、当時寄稿していた媒体で地域情報として発信するようになった。
コロッケ屋さんはこんなことを語っていた。
「子どもたちがいつか、『あんな楽しいまちがあったなあと、面白い大人がたくさんいたなあと、次は面白い大人になる番か』そう思ってくれることが楽しみだ」と。
これは、単なる商売上の言葉ではなかった。コロッケ屋さんがこの街で何を大切にし、どのような未来をつくりたいのかを表す言葉だったのだと思う。
「今日も仲間こないね」を見て、軍手を持った
2024年の取材で特に印象に残ったのが、「チーム草刈り」と名乗る一家だった。
どろぼうたちを迎える協賛者の多くは、商店やサービス業などの事業者だ。その中に「チーム草刈り」という名前を見つけ、なぜ草刈りなのだろうと不思議に思った。
調べてみると、コロッケ屋さんの思いに触発された一家が、草の生い茂った地域の広場を自主的に刈り、お供え会場にしようとしていた。
SNSで協力者を募っていたものの、「今日も仲間こないね」と子どもが言ったという投稿を見た。
その言葉に、画面をスクロールする手が止まった。子どもたちが自ら取り組む挑戦を、「仲間が来なかった」ままにしたくないと思った。
私は取材道具ではなく、軍手を持って広場へ向かった。
残暑厳しい9月、日陰のない広場で、1時間ほど一家とともに草を刈った。作業をしながら雑談し、スマートフォンで子どもたちの写真を撮った。書いた記事に子どもたちの写真を載せた。
「やってください」と頼まれたわけではない。「やりたいからやった」のだ。
心の火は人から人へ
草を刈り、記事を書き、お月見どろぼう募金をし、子どもと一緒に街を歩いた。私は取り組みを伝える取材者であり、参加者でもあった。
本書では、大切にしている価値観と実現したい未来を「フラッグ」と呼ぶ。そして、誰かのフラッグに触れ、強く共感し、「自分もこの未来を実現したい」と心に火がつくことを「イグニッション」と呼んでいる。
その考え方を知るまで、私は自分の行動をうまく説明できなかった。「気になったから取材した」「手伝いたくなったから草を刈った」。そのくらいにしか考えていなかった。
しかし本書を読んで振り返ると、あの日の出来事が一つの流れとして見えてくる。
コロッケ屋さんの掲げたフラッグが一家の心に火をつけ、一家が草を刈る姿が、今度は私の心を動かしたのだ。
著者の中野宏一さんは、フラッグは必ずしも上から下に流れるとは限らず、「タテ・ヨコ・ナナメ」に広がるものだと語る。
お月見どろぼうの広がりを追う中で、私が目にしたのも、立場の異なる人たちが、それぞれの思いから動き出す姿だった。
誰かが掲げたフラッグの中に、自分が大切にしている思いを見つけたとき、人は「自分もその一部になりたい」と感じる。そして、その人の行動が、さらに別の人の心を動かしていく。
たった1軒のコロッケ屋さんが始めたお月見どろぼう。その広がりを追っていた私もまた、いつの間にか、熱を受け取り次へ渡す輪の中にいた。
「フラッグ・イグニッション」
私が軍手を持って広場へ向かったのも、きっと、そういうことだったのだ。
心の火と、逆風との付き合い方
「今日も仲間こないね」
あのままずっと仲間が来なかったら、一家はどうしただろう。がっかりしてやめただろうか。それとも続けただろうか。
何かを始めれば、思いどおりにいかないこともある。そんなとき、心に灯った火とどう付き合えばいいのだろう。
著者の中野宏一さんと丸山夏名美さんに尋ねてみた。
丸山さんは、大切なことの一つとして、仲間をつくることを挙げた。
「同じ未来を信じ切らずとも、横で『それ、いいね』と言ってくれる存在がいるだけで、めげずに頑張れることって多いと思います」
この言葉を聞いて、あの広場を思い出した。
私は何か特別なことをしたわけではない。ただ、一緒に草を刈っただけだ。それでも、あの日の「それ、いいね」という気持ちが、ほんの少しでも一家に伝わっていたなら、うれしい。
丸山さんはまた、仲間が見つからないときや、逆風にあらがう力が出ないときには、無理をせず、心の中に火を灯し続けているだけの期間があってもいいと語った。
一方、中野さんは、フラッグとは、消そうと思っても消せない炎なのだと語る。
「逆に逆風で消えたなら消えたで良いんじゃないかと思う。逆風でも消えないものがフラッグなので」
ただ、自分の中に火が灯っていることから、目をそらすことはあるかもしれないという。
一度やめてみてもいい。忘れられるなら、別のことをすればいい。やめても忘れられないなら、また向き合えばいい。
逆風に真正面から立ち向かわなくてもいいのだ。
ペンを持つことも、私の選択
ニュースサイト「ローカリティ!」では、全国のレポーターが、それぞれの驚き、発見、感動を通して、地域の出来事を記事にしている。
私もその一人だ。
あの日、私は軍手を持った。けれど、誰かの思いに心を動かされたとき、できることは一つではない。
一緒に草を刈ることも、記事を書いて伝えることもできる。すぐには動かず、思いを胸に置いておくことだってできる。
誰かの思いに触れて、自分の心に火がつく。その火とどう向き合うかは、自分で決めていい。
そんなふうに、自分ごととして動く人が増えていくなら。
ちょっといい未来が見えてくる。私はそう信じたいのだ。
情報
『FLAG IGNITION』中野宏一・丸山夏名美(著)
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情報提供元:ローカリティ!
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