世界最適からリスク分散へ、企業のグローバル戦略はどう変わるのか
世界は本当に「脱グローバル化」しているのか
自国の産業や雇用を優先しようとする動きが、世界各地で目立つようになりました。輸入品への関税、国内産業への補助金、半導体をはじめとする重要物資の国内生産支援など、企業活動にも直接影響する政策が相次いでいます。こうした動きだけを見ると、世界はグローバル化から逆方向へ進んでいるようにも映ります。しかし、実際のビジネスはそれほど単純ではありません。自動車やスマートフォン一つを取っても、原材料から部品、製造設備、ソフトウェアまで一つの国だけで完結させるのは簡単ではないからです。政治では自国優先が強まる一方、経済は国境を越えてつながったままという、一見矛盾した状況が生まれています。
数字からも、その様子が見えてきます。DHLとニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスがまとめた調査では、貿易、資本、情報、人の国際的な流れを測る世界のグローバル化水準は2025年に25%となり、過去最高を記録した2022年とほぼ同じ水準でした。2025年のモノの貿易も、コロナ禍による特殊な変動期を除けば2017年以降で最も高い伸びを記録しています。世界が一斉に国内回帰へ向かっているわけではありません。起きているのはグローバル化の終わりではなく、「どの国と、どの程度つながるのか」を選び直す動きと見るほうが実態に近いでしょう。
グローバル化で豊かになっても、不満が消えない理由
グローバル化は企業にとって大きな成長の原動力でした。人件費や製造コストの低い地域で商品を作り、世界各地で販売すれば、価格を抑えながら市場を広げられます。私たちが手頃な価格で衣料品や家電、食品を購入できる背景にも、国境を越えた分業があります。しかし、国全体で見た利益と、一人ひとりが感じる豊かさは同じではありません。海外へ工場が移れば、その地域で働いていた人が仕事を失うことがあります。輸入品が安くなれば消費者は助かるものの、競合する国内産業にとっては厳しい競争になるでしょう。
ここに、グローバル化への反発を理解するヒントがあります。2025年のエデルマン・トラスト・バロメーターでは、政府や企業、富裕層などに対して中程度以上の不満や憤りを抱く人は世界で61%、日本では65%に達しました。企業が世界市場で成長していても、賃金が伸びない、地元から仕事が減った、将来の雇用が不安だと感じる人にとって、その成功は遠い話です。「国全体では得をしている」と説明されても、自分の暮らしが良くなった実感がなければ納得しにくいでしょう。こうしたズレが長く続けば、「海外より国内を優先してほしい」という声が強まるのも不思議ではありません。経済への不満が、やがて政治や自国優先の思想と結び付いていく可能性があります。
海外依存を減らせば安心、とは限らない
企業側も難しい判断を迫られています。これまでは品質やコスト、納期を比較し、最も条件の良い場所で作ることが合理的でした。しかし、一つの国に生産や調達を集中させれば、政治対立や輸出規制、紛争が起きたときの影響も大きくなります。数%のコスト削減を追求した結果、部品が届かず製品そのものを作れなくなれば意味がありません。コロナ禍でサプライチェーンの混乱を経験した企業にとって、「安く作れること」と「安定して作り続けられること」は別の問題になりました。中国以外にも生産拠点を持つ「チャイナプラスワン」や、調達先を複数地域へ分散させる動きが広がる背景には、こうした現実があります。
では、工場や調達先を国内へ戻せば解決するのでしょうか。ここにも難しさがあります。人件費や設備投資が増えれば製造コストは上がり、その負担は商品の価格に反映されるかもしれません。海外依存を減らして供給の不安を抑えた代わりに、消費者が高い価格を負担することもあり得ます。WTOの「World Trade Report 2026」では、世界経済が地政学的な陣営ごとに分かれるシナリオの場合、世界GDPは5.1%、輸出は18.6%減少するとの試算が示されています。もちろん将来を断定する数字ではありませんが、世界経済を切り分けることにも相応のコストがあると分かります。企業は「海外か国内か」ではなく、価格、安定供給、政治リスクをどこまで引き受けるのかという判断を迫られています。
世界で稼ぐだけでは企業への支持は続かない
こうした時代になると、企業を見る社会の目も変わります。海外で売上を伸ばし、利益を増やしているだけでは十分に評価されない場面が出てくるでしょう。その利益が国内の雇用や賃金、取引先、地域への投資にどうつながっているのかまで見られるからです。海外生産によって利益が伸びる一方、国内で工場閉鎖や人員削減が続けば、地域の人にとって企業の成長は自分たちの暮らしと切り離された話になります。とはいえ、国内だけを優先して競争力を失えば、会社そのものが縮小する恐れもあります。この板挟みこそ、分断の時代に企業が抱える難しさです。
ナショナリズムとグローバリズムを、どちらが正しいかという対立だけで考えると、企業が直面している現実は見えにくくなります。世界規模で効率を追えば政治や供給網のリスクが膨らみ、国内へ戻せばコストが上がる。どちらを選んでも負担は残ります。そのため、企業は一つの国に依存するのではなく、複数の地域に生産や調達を分散しながら、国内の雇用や取引先との関係も保つ方向へ動き始めています。世界とのつながりを捨てるのでも、以前と同じグローバル化を続けるのでもありません。国境を越えて得た成長を、働く人や地域の豊かさへどう戻していくのか。その答えを示せる企業ほど、分断が続く社会でも支持を得やすくなるのではないでしょうか。
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