経済安全保障の強化、サプライチェーン再編のコストを問う

安さを優先した供給網が弱点になった

世界中の企業は長い間、製品をより安く、より早く届けるため、サプライチェーンの効率化を進めてきました。人件費や製造費の低い地域に生産を集め、部品を限られた取引先から大量に仕入れることで、コストを抑えて利益を伸ばしてきた経緯があります。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大やロシアによるウクライナ侵攻、米中対立などが重なり、この仕組みが予想外の変化に弱いことも明らかになりました。一つの工場が停止しただけで部品が世界各地へ届かなくなり、製品を完成させられない企業が相次いだためです。平時には強みだった効率性が、非常時には供給全体を止める弱点へ変わったといえます。

こうした経験を受けて、経済安全保障への関心が高まっています。日本では2022年に経済安全保障推進法が成立し、半導体や蓄電池、医薬品、重要鉱物など、生活や産業を支える物資の供給体制を強化する取り組みが進められています。政府は国内工場の建設や研究開発を支援していますが、国内生産へ切り替えれば問題がすべて解決するわけではありません。国内でも自然災害や人手不足、電力価格の上昇といった問題が起こります。海外との取引を維持しながら、特定の地域や企業への依存をどこまで減らせるかが問われているのではないでしょうか。

 

供給を安定させるための費用が増えている

サプライチェーンを見直すと供給停止への備えは強まりますが、その裏側では多くの費用が発生します。調達先を増やせば契約や品質の管理が複雑になり、新しい工場を建設する場合は設備費や人件費が必要です。在庫を多めに持てば、倉庫代や保険料、廃棄の負担も増えます。物流ルートを複数確保するためには、輸送会社との新たな契約や管理システムの整備も欠かせません。これまで一社へ大量発注することで低価格を実現してきた企業ほど、仕入れ先の分散によるコスト上昇は大きくなると思われます。

その一方で、再編費用だけを見て現状維持を選ぶと、より大きな損失を招く可能性があります。半導体不足が深刻化した際には、自動車メーカーを中心に減産や納車の遅れが広がり、販売機会の損失にもつながりました。わずかな部品が届かないだけで工場全体が止まるため、部品価格を大きく上回る損失が生じるケースもあります。対策費が年間数億円かかるとしても、生産停止による損失が数十億円に達するのであれば、調達先や在庫を増やす判断にも合理性があると考えられます。再編の費用と、何も備えなかった場合の損失を同じ基準で比べる必要があるでしょう。

 

再編費用と生産停止の損失を比べる

サプライチェーンの再編では、増える費用だけに目を向けると判断を誤りやすくなります。対策を取らなかった場合に、どれほどの損失が発生するのかも比べなければなりません。部品の不足によって工場が数週間止まれば、商品を販売できないだけでなく、従業員の人件費や設備の維持費も発生します。納品の遅れが続けば取引先の信頼を失い、競合企業へ顧客が流れる可能性もあるでしょう。

年間数億円をかけて調達先や在庫を増やしても、生産停止による損失を数十億円減らせるのであれば、その投資には意味があると考えられます。一方、簡単に代替品を用意できる商品まで国内生産へ切り替えると、過剰な投資になるかもしれません。医薬品や半導体、エネルギーのように、供給が止まると社会全体へ大きな影響が及ぶ分野を見極める必要があります。供給停止が続く期間や予想される損失を数字で整理することで、どこまで備えるべきかが判断しやすくなるといえます。

 

安さと安定性のバランスを探る

経済安全保障は、海外との取引をやめて、すべてを国内で生産するための考え方ではありません。海外とのつながりを保ちながら、一つの国や企業が止まっても別の経路から調達できる体制を整える取り組みです。調達先を複数持つほか、在庫や物流の状況をデジタル技術で確認し、供給の異変を早めに把握する方法もあります。取引先を地域ごとに分散し、代替となる部品を事前に検討しておけば、生産停止の期間を短くできる可能性があります。こうした仕組みの整備によって、企業の対応力向上が期待されます。

サプライチェーンの再編には費用がかかりますが、費用を抑えることだけが正解とは限りません。安さを優先しすぎれば危機に弱くなり、安定性を求めすぎれば商品価格や税負担が上昇します。企業や政府には、守る分野と市場へ委ねる分野を分け、どこまでの負担なら社会が受け入れられるかを数字で示す姿勢が求められるでしょう。再編を進めるかどうかではなく、供給停止による損失をどの程度減らせるのか、そのために誰がいくら負担するのかを明らかにする必要があります。安さと安定性の間に現実的な線を引くことが、経済安全保障を持続可能な取り組みにする条件と考えられます。

カテゴリ
[技術者向] 製造業・ものづくり

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