出光興産創始者の生家で感じた「地域で学ぶこと」!赤間宿まつり【福岡県宗像市】

ローカリティ!

2026年2月21日〜22日、福岡県宗像市(むなかたし)の赤間宿で「赤間宿(あかましゅく)まつり」が開催されました。歴史ある宿場町に人があふれ、食や歴史、そして人との交流が交差する二日間。私はその現場で、“地域が生きている瞬間”に出会いました。

にぎやかな「赤間宿まつり」

2月の冷たい空気の中、唐津街道沿いに広がる赤間宿は、いつもよりもずっとにぎやかな表情を見せています。2026年2月21日と22日の二日間、「赤間宿まつり」が開催され、25,000人以上が訪れました。

筑前福岡藩領内に27あった宿場町のひとつである赤間宿は、長崎街道や周辺の漁村・港町とのアクセスの良さから、かつて宗像一帯の中心的な役割を担っていた場所です。物資や魚の集散地として栄え、通りには製造元や卸、小売が軒を連ね、呉服や雑貨、食料品まで多種多様にそろっていました。「赤間宿に行けばなんでもそろう」と言われた歴史をなぞるように、この日は通り一帯に飲食店や露店が並び、人の声が絶え間なく響いていました。

匂いに引き寄せられた「地鶏焼き」
焼き鳥を手際よく焼いていく

2月21日には「赤間宿時代行列」が通りを進むと、人々は立ち止まり、観客の視線が一斉に集まりました。また翌日には吹奏楽やダンスチームのパレードも続き、歴史と現代が交差する不思議な感覚を覚えました。

かつてこの通りは参勤交代の大名たちが行き交った場所であり、本陣である「御茶屋跡」も存在しています。そのにぎわいが、イベントという形で今に引き継がれています。

通り沿いの勝屋酒造により「蔵びらき」も開催され、しぼりたての新酒の試飲やふるまい酒に、笑顔になっている人々も見られました。

杉玉が吊るされている勝屋酒造
日本酒がズラリ
蒸したての酒まんじゅう
地鶏焼きにあんぱん、焼き鳥などグルメも盛りだくさん

正直なところ、私がこの祭りで楽しみにしていたのはグルメでした。煙の中からおいしそうな香りで誘ってくる「地鶏焼き」、酒粕を使ったあんぱん、そして焼き鳥…

口にすると自然と笑顔になるような味わいがあります。どのお店にしようかと悩んでしまい、かつて「赤間に行けばどんな品物もそろう」といわれた理由が、理解できた気がしました。単なるいにしえの評判ではなく、実際に人と物が集まる場所だったのでしょう。

柚子胡椒がアクセント「地鶏焼き」
限定の酒粕を使ったパン
焼き鳥、私は塩派です
小学生が教えてくれた「地域で学ぶ」こと

しかし、この日いちばん印象に残ったのは、食でもパレードでもありません。それは年に一度公開される、出光佐三(いでみつ・さぞう)の生家での出来事でした。

出光佐三は出光興産の創始者であり、小説「海賊と呼ばれた男」のモデルとして知られています。その生家の前で、「紙芝居やってますよ〜。今回は英語でチャレンジします」という元気な声が響いていました。声の主は地元の小学生です。

出光佐三の生家は年に一度だけの公開ローカリティ!
神棚の上に部屋がないのは、神様を踏まないようにとの配慮から

彼らは、出光佐三の幼少期からのエピソードを、紙芝居形式で来場者に伝えていました。しかも今回は英語での案内に挑戦しています。その様子を見て、通行する人は足を止めていました。たどたどしくも一生懸命に言葉を紡ぐ姿に、周囲の大人たちも自然と耳を傾けます。単に「説明を聞く」というよりも、場そのものが共有されているような空気がありました。

私はそこで、「地域で学ぶ」という言葉の意味を改めて考えました。教室の中だけではなく、自分の住む場所の歴史や人物を知り、それを他者に伝える経験。それは単なる知識の習得ではなく、自分の足元にある価値に気づくことでもあるのです。そして英語での発信は、その価値を国際社会へと開く試みでもあります。これからの時代において、こうした経験が大きな意味を持つことを、私は強く感じました。

近くには「出光佐三展示室」もあり、出光佐三の生涯をはじめ、創始者とは別の顔である「人間・出光佐三」ともいうべきエピソード、郷土愛を感じる資料の数々が見られます。

出光佐三の生涯やエピソードが分かる
積み重ねられた時間を感じる、今なお残る町屋「桝屋」

さらに足を運んだのが、江戸中期の町屋「桝屋」です。いわゆる「うなぎの寝床」と呼ばれる細長い構造の建物で、かつてはお菓子問屋を営んでいたといいます。中に入ると、奥へと続く空間の長さにまず驚きました。中の間には明かり取りが設けられ、外光がやわらかく差し込んでいます。

中の間の明かり取り

そして足元には、かつて使われていたトロッコのレールが残されていました。これは商品であるお菓子を運ぶためのもので、レールの両脇に箱を並べており、また、2階にもレールが敷いてあったといいます。思っていた以上に長く、実際の商いの規模を物語っていました。

かつてはレールの両側に、お菓子の段ボールが積まれていたという
トロッコも現存

現地でご主人に話を聞くと、「私も9代目になるけど、一番古いご先祖様は享保の頃」という言葉が出てきました。さらに、「軍に砂糖を納めていたという祖母の話もある」とも語られました。これらは、この家が実際に歩んできた歴史の一端です。私はその話を聞きながら、戦争という出来事が決して遠い世界の話ではなく、こうした民家の中にも確かに存在していたのだと実感しました。

衣類や調度を入れる、当時の長櫃(ながびつ)

また、桝屋を知る方々からは、「小学生の頃、遠足のおやつをここに買いに来ていた」と聞かされました。その一言に、この場所が単なる歴史的建造物ではなく、地域の生活の中に息づいてきた存在であることが伝わってきます。建物や道具、そして人の記憶。それらが重なり合って、この町の歴史が形づくられているのだと感じました。

近年、さまざまな理由で町屋が手放されたり、維持が難しくなったりするケースも多いと聞きます。そうした中で、この桝屋のように大切に受け継がれている場所があること自体に、大きな意味があるのではないかと思います。残されているのは単なる建物ではなく、そこに積み重ねられてきた時間そのものではないでしょうか。

赤間宿の過去と現在がつながる二日間

二日間を通して感じたのは、この祭りが単なるイベントではないということです。食を楽しみ、歴史に触れ、人と会話を交わす。その一つひとつの積み重ねが、自然と交流を生み出しています。気づけば、知らない人同士が同じ話題で言葉を交わしている場面も多く見かけました。

かつて赤間宿が栄えていた頃も、きっとこうして人と人が行き交い、情報や文化が交差していたのでしょう。そう考えると、この日の光景は単なるお祭りではなく、ある意味で“現在進行形の宿場町”とも言えるのかもしれません。

赤間宿の歴史を知ることは、人がどのように生き、何を大切にしてきたのかを知ることでもあります。その断片に触れながら歩いたこの二日間は、過去と現在が静かにつながる時間でもあります。にぎわいの中でふと立ち止まった瞬間、ここには確かに、人の営みが息づいていると感じました。

※写真は全て筆者撮影

情報

出光佐三展示室

住所:福岡県宗像市赤間5-1-3
アクセス :
車:九州自動車道 宮若ICより約20分
公共交通:JR教育大前駅より徒歩5分
料金:無料
営業時間:10:00-15:00
定休日 月曜日(夏期・冬期休館有。月曜日が祝日の場合は翌平日)
※出光佐三生家は外観のみ終日見学可

情報提供元:ローカリティ!

久田一彰
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その魅力を共に愛する仲間を募れる住民参加型・双方向の新しいニュースメディアを目指しています。
カテゴリ
[地域情報] 旅行・レジャー

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