誰もが自分のペースで読み、考えられる社会へ。AI時代に、速さでは測れない時間を暮らしにひらく【東京都千代田区】
検索すれば、知りたい情報はすぐに見つかる。生成AIに尋ねれば、複雑な内容も整理された答えとして返ってくる。いま、私たちはかつてないほど速く、情報にたどり着ける時代にいます。
その一方で、人が何かを受け取る時間には、速さだけでは測れないものがあります。本を読む。誰かの話を聞く。分からないまま考える。偶然出会った言葉が、自分の中に残る。そうした時間は、人が自分の中に問いを持ち、考えを深めていくための大切な営みでもあります。
株式会社ひらくは、本をはじめとする文化コンテンツを起点に、人が自分のペースで読み、聞き、考えられる場所をつくっている会社です。入場料のある本屋「文喫」、本に囲まれて滞在する「箱根本箱」、旅館内書店「BOOKS & TEA 三服」、公共空間や図書館の企画など、それぞれ形の異なる場づくりに取り組んできました。
代表取締役社長の染谷拓郎(そめや・たくろう)さんは、2009年に日本出版販売株式会社(以下、日販)へ入社し、書店や文化施設のプロデュースに携わってきました。その後、出版流通を担ってきた日販の新たな事業会社として2022年に株式会社ひらくが設立されると同時に、代表取締役社長へ就任しました。
情報がすぐに得られる時代に、あえて本を読み、文化に触れる時間にはどんな意味があるのでしょうか。ひらくは、その時間をどのように場所として形にしているのでしょうか。染谷さんにお話を伺いました。
自分で読み、聞き、考える時間を残す。情報の速さだけでは測れない本の価値
現代は、「検索」すれば答えが見つかり、生成AIに尋ねれば情報が整理される時代です。情報を得る速さだけで比べれば、本は効率的な手段とは言い切れないかもしれません。
染谷さんは、その前提を受け止めたうえで、本に向き合う時間の意味を考えています。
「情報を得るためだけなら、本でなくてもいいのかもしれません。だからこそ、あえて本を読むこと、そこに時間を使うことに何があるのかを考えたいです」
本を読むとき、人は書かれた言葉を自分の速度で追い、立ち止まり、前のページへ戻ります。すぐには分からない言葉に出会い、その意味を考え続けることもあります。答えだけを受け取るのではなく、言葉と向き合う過程そのものが、自分の中に考えを育てていきます。
「人間にとって、本を自分で読むこと、聞くこと、考えることは、かなり大切だと思っています。本は、人間の知的活動や、言葉の力に関わるものだと思います」
ひらくが大切にしているのは、本を手に取った人が、そこでどのような時間を過ごすのかです。一人で没頭する。誰かと経験を分かち合う。すぐに結論を出さず、心に残った言葉を持ち帰る。そうした時間を暮らしの中で選べる場所として、ひらくは本や文化のあり方を捉え直してきました。
染谷さんが見つめてきたのは、人が本の前でどのように立ち止まり、どのような時間を過ごすのかということでした。本の価値を「商品」としてだけで捉えるのではなく、人の時間を変える媒介として捉え直してきたところに、ひらくの事業の特徴があります。
「自分でも気づいていない欲求」を、ゆったり過ごせる場所として形に
染谷さんはもともと、本や音楽、映画などの文化コンテンツに強い関心を持っていました。2009年に日販へ入社したものの、最初に携わったのはDVDやCDなどのレンタル関連の仕事。やりたいことや熱意の行き場が見つからない時期もありました。
一方で、仕事の外では音楽イベントや、公園にソファや本棚を持ち込む野外読書イベントなどに取り組んでいました。自分が心を動かされてきた文化を、誰かが体験できる場として形にしたい。その思いが、染谷さんの場づくりの土台になっていきます。
ひらくの前身となる取り組みは、日販が2017年に立ち上げたブックディレクションブランド「YOURS BOOK STORE」から始まりました。本棚を置くだけではなく、本を起点に、そこで過ごす時間そのものを設計する試みです。
初期の現場では、看板や本棚、売り場の見え方を変え、そのたびにお客様の反応を確かめていきました。染谷さんは、実験を重ねるように場を育ててきた当時を振り返ります。
「世の中が便利さや効率の方向に進んでいく中で、逆に、ゆったりした時間を求めている人がいる。本人たちは気づいていないかもしれないけど、そういう人が多くいらっしゃると思います」
この言葉には、ひらくの場づくりの核心があります。
人は、自分が本当に求めている時間を、いつもはっきり言葉にできるわけではありません。忙しさや便利さに慣れるほど、立ち止まりたい、偶然に出会いたい、何かに没頭したいという思いは、日常の奥に埋もれていきます。
ひらくが見つめてきたのは、そうした言葉になる前の欲求です。移動も買い物も情報収集も速くなり、生活の多くが短い時間で完結するようになりました。それでも、本を手に取り、すぐには答えの出ないことを考える時間は、人の暮らしから消えるものではありません。
その思いを形にした事業の一つが、入場料のある本屋「文喫」です。目的の本を探して一直線に棚へ向かうのではなく、本棚の前で足を止め、知らない著者のタイトルに目が留まり、気づけば予定していなかった一冊を手に取っている。席に座り、飲み物をそばに置きながら、急いで答えを探すのではなく、自分の速度でページをめくる。文喫には、本を買うだけではない時間があります。
便利さに逆らうのではなく、その外側に残る人の思いを、過ごせる場所として見える形にする。そこに、文喫や箱根本箱、公共空間づくりへと広がるひらくの事業の原点があります。
その場所ごとに、人が必要としている時間を探す
ひらくは、入場料のある本屋「文喫」だけでなく、ブックオーベルジュ「箱根本箱」、旅館内書店「BOOKS & TEA 三服」、公共図書館の基本計画など、さまざまな場所の企画に携わっています。
染谷さんが重視するのは、場所ごとに異なる人の流れや過ごし方を見つめることです。
「成功したモデルをそのまま持っていくというより、その場所ごとに、お客様がどこにいて、どういう場所なのかを考えます」
場の役割は、立地や利用する人、依頼者が抱える課題によって変わります。本棚を置くこと以上に、そこでの過ごし方や、人との関わり方を設計することが求められる場合もあります。どのような人が訪れ、どのように時間を過ごし、周囲とどのような関係を結ぶのか。その前提から考えます。
染谷さんは、その進め方を次のように表現します。
「最初から『プロデュースのパッケージはこういう価値です』と決めて持っていくというよりは、周りの人たちと一緒につくっていく感覚です。不完全な状態から真ん中を探していく。その柔らかさで対応できることが大事だと思っています」
関わる人たちとの対話を重ねながら、その場所に必要なものを探していく。染谷さんが大切にする柔らかさは、異なる背景を持つ人や考えを受け止め、場の可能性を閉じないためのものです。
文喫、箱根本箱、三服、公共空間づくり。それぞれ形は違っても、根底には共通する考え方があります。その場所にいる人たちと対話しながら、本や文化がどのような役割を果たせるのかを探していくこと。そこに、ひらくの場づくりの方法があります。
読む、聞く、考える。速さでは測れない時間を、場所の中にひらく
ひらくがつくっている場は、一つの型に収まりません。文喫、箱根本箱、BOOKS & TEA 三服、公共空間づくり。それぞれの場所で、本や文化が果たす役割は異なります。
都市の中で本に没入できる文喫。本に囲まれて暮らすように滞在する箱根本箱。旅館を「泊まる場所」から「通う場所」へ変えるBOOKS & TEA 三服。公共空間や図書館に、学びや好奇心の機会をつくる取り組み。それぞれの場所で、ひらくは本や文化との出会い方を探っています。
その根底にあるのは、人が自分の速度で読み、聞き、考えられる時間をつくることです。
情報を得ることは、ますます速く、簡単になっています。けれど、人が何かを本当に受け取るには、すぐに答えを出すだけでは足りません。本を読む。誰かの話を聞く。分からないまま考える。偶然出会った言葉が、自分の中に残る。そうした時間は、効率だけでは測れない、人間にとって大切な営みです。
染谷さんは、読書量を増やすことだけを目的にはしていません。
「『もっと本を読もう』という話になってしまうと、少し違う気がしています」
染谷さんが探っているのは、人が自分のペースで読み、聞き、考えられる時間を、どのように場所の中に生み出すかということです。その答えは、まだ一つに定まっているわけではありません。だからこそ、ひらくは文喫や箱根本箱、三服、公共空間など、それぞれ異なる場所で試行錯誤を重ねています。
AI時代に、速さや便利さの中でこぼれ落ちそうになる人間の時間を、本と文化を起点に暮らしの中にどうひらいていくのか。ひらくの挑戦は、その問いに向き合い続けることでもあります。
聞き手、執筆:木場晏門
※写真は全て株式会社ひらく提供
最も印象に残った言葉
「情報を得るためだけなら、本でなくてもいいのかもしれません。だからこそ、あえて本を読むこと、そこに時間を使うことに何があるのかを考えたいです」
会社概要
会社名:株式会社ひらく
取材対象者:代表取締役社長 染谷拓郎さん
企業の考え方:生活者起点で場をつくり、豊かな時間を提供します
設立年月:2022年4月
事業内容:文喫事業、プロデュース事業、公共プレイス企画事業
所在地:〒101-8710 東京都千代田区神田駿河台4丁目3番地 新お茶の水ビルディング9F
URL:
https://hiraku.info/
情報提供元:ローカリティ!
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