豆料理の歴史書に見る、明治から続く”食道楽”文化の系譜

豆腐、味噌、納豆、煮豆、あんこ。日本の食卓を見渡すと、豆から作られた食品が驚くほど多いことに気づきます。あまりにも身近なため、昔から変わらない食材と思われがちですが、豆の食べ方は時代に合わせて変化してきました。煮たり発酵させたりするだけでなく、西洋料理が広がった明治時代にはスープなどにも使われ、新しい料理の材料として受け入れられていきます。

その変化を知る手がかりになるのが、村井弦斎の小説『食道楽』です。1903(明治36)年に『報知新聞』で連載され、料理や食材、栄養について物語の中で紹介した作品として人気を集めました。明治後半は西洋料理を紹介する本が次々に出版され、家庭の料理にも新しい知識が入り始めた時代です。
『食道楽』に登場する豆を追っていくと、単なる食材の歴史ではなく、日本人が「料理を知り、工夫し、楽しむ」ようになっていく過程まで見えてきます。

 

日本の食卓を支えてきた豆は、時代とともに姿を変えた

日本人と豆の関係は、明治時代よりはるか昔にさかのぼります。農林水産省によると、大豆は弥生時代初期に中国を経由して日本へ伝わったとされ、小豆もそれに続いて広まりました。えんどうやそら豆は8世紀ごろに伝来したとされています。乾燥させた豆は長く保存しやすく、たんぱく質を含む食品でもあるため、穀類とともに暮らしを支える作物として各地で栽培されてきました。

中でも大豆は、日本の食文化に深く入り込んでいます。そのまま煮るだけではなく、豆腐、味噌、醤油、納豆、きな粉、油揚げ、湯葉などへ加工できるからです。小豆はあんこや赤飯、黒豆は煮豆というように、祝い事や季節の行事にも豆が使われてきました。
ここで興味深いのは、豆料理が昔の形をそのまま守ってきたわけではない点でしょう。手に入る調味料や調理器具、人々の好みが変われば、豆の食べ方も変わります。長い歴史を持ちながら、新しい料理へ柔軟に取り入れられてきたことが、豆の大きな特徴といえます。

 

明治時代、「食べること」が読み物になった

明治時代になると、日本の食卓を取り巻く環境が大きく動きます。西洋文化が流入し、肉料理や洋食が紹介される一方、料理に関する本や新聞記事を通じて新しい調理法を知る機会も増えていきました。農林水産省の資料でも、明治後半には西洋料理のレシピを掲載した本が相次いで登場したことが紹介されています。料理は家庭の中で受け継ぐだけの知識ではなく、印刷物から学ぶものへと広がっていったと考えられます。

その時代を代表する作品の一つが『食道楽』でした。国立国会図書館の調査によると、『報知新聞』での連載期間は1903年1月3日から12月27日。確認されている1月分だけを見ても、「南京豆」「料理自慢」「豚料理」「お刺身」「胃袋」「芋料理」「お豆腐」「物の味」「万年スープ」といった題名が並びます。
1月5日には早くも「南京豆」が登場しており、食材や料理そのものが新聞小説の題材になっていたことが分かります。

『食道楽』が面白いのは、料理を単なる献立として扱っていないところです。何を食べるかだけではなく、どう調理すればおいしくなるのか、食材にはどんな特徴があるのかといった知識まで物語へ組み込まれました。
現在ならレシピサイトや料理動画で触れる情報を、当時の人々は新聞小説を読みながら楽しんでいたわけです。料理が「作るもの」であると同時に、「読んで楽しむもの」に変わっていった時代だったともいえるでしょう。

 

南京豆や隠元豆が映し出す、和食と洋食の交差

『食道楽』の中で豆に注目すると、明治という時代の面白さがいっそう鮮明になります。作品には南京豆、現在の落花生をはじめ、大豆や豆腐、隠元豆、黒豆などが登場します。
南京豆については炒り方や煮方にも触れられ、単に「食べるとおいしい」で終わらず、火加減や下処理まで料理の知識として語られています。豆という身近な材料が、料理を研究する対象になっていたことが伝わってきます。

さらに興味深いのが、豆を従来の和食だけに閉じ込めていないことです。『食道楽』では隠元豆を使ったスープなど、西洋料理の考え方を取り入れた料理も紹介されています。
古くから親しまれてきた豆と、明治になって急速に広がった西洋料理、この二つが同じ食卓で交わり始めました。肉やバターのような新しい食材だけを追うよりも、昔からある豆がどう料理され直したのかを見るほうが、食生活の変化を身近に感じられるのではないでしょうか。

豆は伝統を残しながら、新しい料理を受け入れられる食材でもありました。煮豆や豆腐として食べてきた材料を、スープや別の料理へ展開する。こうした発想には、明治期の「知らない料理を試してみたい」という好奇心が表れています。西洋料理が日本へ入ってきたという一方向の変化ではなく、日本にあった食材と海外の調理法を組み合わせながら、家庭料理そのものが少しずつ作り替えられていったと考えられます。

 

明治の「食道楽」は、現代のレシピ文化へつながっている

『食道楽』の連載開始から120年以上が過ぎました。現在は料理本だけでなく、レシピサイトやSNS、動画を通じて世界中の料理を知ることができます。大豆や小豆、黒豆といった昔ながらの豆に加え、ひよこ豆やレンズ豆をカレーやサラダ、スープに使うことも珍しくありません。身近な材料を別の料理に取り入れ、おいしい食べ方を探すという行動自体は、明治期の『食道楽』に描かれた好奇心と重なる部分があります。

もちろん、現代の料理メディアが『食道楽』から直接生まれたと断定することはできません。ただ、料理の作り方や栄養の知識をメディアで共有し、それを読者が楽しむ文化が明治期に大きく広がっていたことは確かです。『食道楽』がベストセラーになった事実からも、当時の人々が食に関する情報そのものを娯楽として楽しんでいた様子がうかがえます。

豆の歴史を振り返ると、日本の食文化は「古いものを残す」だけで続いてきたわけではないことが分かります。弥生時代から食べられてきた大豆が味噌や豆腐へ姿を変え、明治には豆が西洋風の料理にも取り入れられ、現在では世界各地の料理と結びついています。昔ながらの食材に新しい食べ方を重ねていく。その積み重ねが、日本の食卓を豊かにしてきたのでしょう。

『食道楽』という言葉から豪華な料理や美食を想像する人もいるかもしれません。しかし、明治の料理書を豆という身近な食材から眺めてみると、別の姿が浮かびます。食材を知り、調理法を試し、昨日とは違う食べ方を楽しむ。そんな小さな好奇心もまた、日本で長く続いてきた「食道楽」の一つといえるのではないでしょうか。

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生活・暮らし

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