「世界のレストランに革命を、日本の漁業に未来を」 くら寿司が挑む、ビッくらポン!な「食」の仕組みづくり【大阪府堺市】
世界のレストランのあり方を変え、日本の漁業の未来まで支えようとしている回転寿司の会社があります。回転寿司チェーン「くら寿司」を国内外で約700店舗展開している、大阪のくら寿司株式会社です。向き合っているのは、“寿司をどう売るか”ということだけではありません。担い手不足が深刻になる漁業に対しては、漁師との直接取引や養殖、AIを活用した自動給餌(きゅうじ)にまで踏み込み、さらにその先には、回転寿司の仕組みを生かして世界のレストランのあり方そのものを変える構想を描いています。これまで、くら寿司はさまざまな課題に直面するたび、新しい仕組みを生み出してきました。
なぜ、くら寿司は目の前の課題を、新しい仕組みへと変え続けられるのでしょうか。さまざまな企業や現場を見てきた広報のプロである取締役 広報・IR本部長の岡本浩之(おかもと・ひろゆき)さんに、創業以来受け継がれてきた価値観と、その先に描く「食」の未来を聞きました。
「おいしい」を超えた「楽しい記憶」までつくる回転寿司
くら寿司株式会社の創業は1977年。現在の社長である田中邦彦(たなか・くにひこ)さんが大阪で持ち帰り寿司店を始め、1984年に回転寿司へ参入しました。
創業以来、大切にしてきた考えがあります。
「自分の家族に食べさせたくないものは、お客様にも絶対に売らない、という考え方です」
化学調味料、人工甘味料、合成着色料、人工保存料を使わないことにこだわり、うどんのだしも毎朝、店舗で昆布やカツオなどから丁寧に手作りで取っています。おいしさや価格を守りながらそれを実現するには、取引先を含めた日々の積み重ねが欠かせません。
しかし、くら寿司が追求してきたのは、安心・安全やおいしさだけではありません。
「安くておいしいだけでは、お客様にお店まで足を運んでいただけません。やっぱり楽しさがないとだめなんです。子どもの頃にデパートの食堂でお子様ランチを食べた記憶って、残っていますよね。そういう楽しい思い出を提供したいんです」
その発想を象徴するのが「ビッくらポン!」です。
きっかけは、「食べ終わった皿をテーブルに積み上げるのが恥ずかしい」というお客様の声でした。そこで、皿をすぐに回収できる仕組みを開発。テーブルを広く使え、従業員の負担も減らせます。
そして、皿を回収口へ入れること自体を子どもたちが楽しんでいることに気づきました。
「子どもたちが『僕が入れる』『私が入れる』って楽しそうにしていたんです。だったら、ここにもっと楽しさを加えよう、と」
効率化の仕組みを、お客様の楽しさにまで変える。そこに、くら寿司らしいものづくりの姿勢が表れています。くら寿司が掲げる「Food Revolution=食の変革」も、こうした他にない商品や店舗、仕組みを生み出し続ける姿勢の延長線上にあります。
広報のプロが驚いた「飽きない会社」
そんなくら寿司に2018年、広報のプロとして加わったのが岡本さんです。三洋電機で長く広報を経験し、その後、江崎グリコなどを経て、50代半ばでくら寿司へ転職しました。
岡本さんはこれまで、創業者の理念や文化を受け継ぐ企業で広報を経験してきました。ただ、いずれも創業から長い歴史を持ち、創業者本人が経営の第一線にいる会社ではありませんでした。
一方、くら寿司では創業者の田中邦彦さん自身が現在も社長を務めています。岡本さんが入社して特に驚いたのが、事業にかける思いが強い創業者本人が
経営を率いるからこその求心力と意思決定の速さでした。
もっとも、声をかけられた当初、岡本さんはくら寿司を利用したことすらありませんでした。初めて店舗を訪れると、寿司店なのにカレーがある。さらに調べると、漁業者と取り組むプロジェクトなど、次々に新しい挑戦が見つかりました。
「こんなにいろいろなことをやっているんや、と。広報として発信できるネタがいっぱいある。これは面白い、やりがいがあるんちゃうかと思いました」
入社してからのくら寿司を、岡本さんはこう表現します。
「飽きない会社ですよ。本当に」
新しい商品や仕組み、社会課題への取り組みなど、次々と挑戦が生まれるくら寿司。岡本さんにとって、その一つひとつが社会に発信すべき価値になっています。
危機が起きるたびに変えてきた、新しい仕組み
一方で、広報の仕事は前向きな発信だけではありません。入社からわずか2カ月後に、アルバイト従業員によるSNS上の問題が発生。メディアからの問い合わせが相次ぎ、通常の広報活動もままならない中、 岡本さんは入社早々、危機対応の最前線に立つことになりました。
岡本さんが危機対応で大切にしていることは明快です。
「絶対に逃げない。嘘をつかない。スピード。この三つです」
さらに、常に相手がどう受け止め、その先で何が起きるかを考えます。
「先回り、先回りして考えます。常に最悪のことを考えて準備しておく。最悪を想定して準備して、それが起きなかったら良かったね、で済みますから」
大手の子会社として三洋電機が姿を消していく過程も経験した岡本さんにとって、企業を取り巻く環境が大きく変わることは、決して珍しいことではありません。そして、くら寿司の歴史そのものも、課題が起きるたびに新しい仕組みを生み出してきました。
1996年、堺市でO157による集団食中毒が発生し、生ものを扱う外食産業にも大きな影響が広がりました。くら寿司は、一定時間が経過した皿を機械的に管理する「時間制限管理システム」を導入します。
ところが、厳密に管理したことで今度は廃棄率が上昇しました。
ならば、必要な量だけつくればいい。
1998年には、来店客数などから必要な製造量を判断する「製造管理システム」を開発しました。また、衛生面への問題意識から生まれた、ほこりや飛沫(ひまつ)から寿司を守る「鮮度くん」は、後のコロナ禍で大きな力を発揮しました。
「何か問題が起きた時に、じゃあどうするんや、と考える。もっと改善できないか、新しいことができないかというのが、ずっとある会社なんです」
危機をただ乗り越えるのではなく、次の強みに変えていく。その積み重ねが、くら寿司の現在をつくっています。
「見えないところ」に命をかける
新しいことを次々と生み出すくら寿司ですが、その根底にある価値観は変わりません。重んじている言葉の一つが、「見えないところを大切にする」です。
添加物へのこだわりも、衛生管理も、お客様からすべてが見えるわけではありません。だからこそ、見えない部分にまで手を抜かない。その考えを全国の店舗まで浸透させるため、社内報やイントラネット、店舗への社長メッセージなど、さまざまな形で繰り返し伝えています。
また、管理職などを対象に、田中社長自身が考えを伝える「社長塾」も開いています。一方的に話すのではなく、参加者の意見を聞き、それぞれが抱える仕事上の課題についても話し合います。
「理念って、一回聞いただけでは絶対に浸透しません。何か出来事があった時にも理念と結び付ける。そうやって行動まで落とし込んでいかないと浸透しないと思います」
そして、「見えないところ」へのこだわりは、商品づくりにも徹底されています。
商品開発部門では年間約3000種類もの商品を開発し、その中から商品会議で絞り込みます。田中社長も自ら参加し、魚の産地や、だしに使う昆布の仕入れ先が変わるだけでも味を確かめます。
「社長は『俺は命をかけてやっている』って言います。本当に、それくらい商品にはこだわっています」
お客様から見える部分だけを整えるのではなく、味や食材、衛生、そして日々の判断まで徹底してこだわる。「見えないところ」にこそ命をかける姿勢が、くら寿司の文化をつくっています。
日本の漁業を支え、次世代へつなぐ挑戦をする「寿司屋」
くら寿司が向き合う課題は、店舗の中だけにありません。担い手の減少などで厳しい状況にある漁業の再生に向け、2010年頃から取り組みを進めています。
「日本の漁業が衰退するということは、私たちの業界の衰退にもつながります。これは何とかしなあかん、ということで取り組んできました」
その一つが、定置網などで獲れた魚をまとめて買い取る「一船買い」です。市場では値が付きにくい魚も含めて買い取ることで、漁師の収入を安定させます。岡本さんによると、この取り組みによって収入が大きく増えた漁業者もいるといいます。
「ある漁師さんから、『くら寿司さんのおかげで娘を大学にやることができた』と言っていただいたことがあります。それを聞くと、続けてきて良かったなと思いますよね」
そして、くら寿司の取り組みは魚を「買う」だけでは終わりません。2021年には、水産事業を担う「KURAおさかなファーム」を設立し、自ら養殖にも踏み込みました。長年かけて漁業者との関係を築き、漁協の組合員資格を取得して海での養殖に参入したのです。
養殖の現場でも、従来のやり方をそのまま続けるのではなく、新しい仕組みを取り入れています。その一つが、AIカメラを活用した自動給餌です。魚の状態を見ながら、必要な時に自動で餌を与えます。
養殖業では、雨の日も海が荒れた日も、365日魚に餌を与えなければなりません。多くのいけすを抱えれば、それだけで一日の大半を費やします。自動給餌によって、その負担は大きく変わります。
「実際に、それを入れたことで息子さんや娘さんが後継者として帰ってきてくれた、という事業者さんもいました」
くら寿司が支えようとしているのは、目の前の魚だけでないのです。魚を獲り、育てる人が働き続けられる仕組みをつくり、次の世代が漁業を選べる未来までつくろうとしています。
寿司を提供し続けるために、魚を「買う側」にとどまらず、漁業の担い手として産業そのものに入っていく。それもまた、課題を自分たちの仕組みで解決してきたくら寿司の延長線上にあります。
目指すのは、寿司屋の海外展開ではない。世界のレストランに革命をおこす
日本の回転寿司市場が成熟する中、くら寿司は海外を次の成長の舞台に据えています。しかし、田中社長が描いている未来は、単に世界中に「寿司」の店舗を増やすことではありません。
「社長がよく言っているのが、『世界のレストラン革命を起こしたい』ということです」
これから先進国を中心に、人手不足はさらに深刻になります。従来のレストランでは、スタッフが注文を取り、料理を運び、食べ終わった皿を下げます。一方、回転寿司では、料理を届ける仕組みそのものが店内に組み込まれています。
「ローマ時代から2000年、レストランの基本的な形はあまり変わっていない。それを回転寿司のビジネスモデルで変えていきたい。別に寿司だけじゃなくて、イタリアンでも中華でもできる。社長は、そんな夢をよく語っています」
かつて、くら寿司が新しい店舗レイアウトや注文システムを生み出すと、同じような仕組みが回転寿司業界へ広がっていきました。今度は、その変化を世界の外食産業へ広げようとしています。
そして岡本さんも、その挑戦を発信する側から支えます。
「これから世界に広げていくサポートをしていきたいです。今も海外で新しい店を出すために、現地の方々にどう受け入れていただくかを考えています。まずは知っていただかないと始まりませんから」
安心・安全を守るために仕組みをつくる。お客様を楽しませるために仕組みをつくる。漁業を未来へ残すために仕組みをつくる。
「ビッくらポン!」な驚きを原動力に 、くら寿司は世界のレストランそのものへ向かっています。寿司を回すことから始まった挑戦が、やがて世界の「食べる」という体験を変えていく。くら寿司が目指す「食の変革」は、まだその途中にあります。
もっとも印象に残った言葉
「何か問題が起きた時に、じゃあどうするんや、と考える。もっと改善できないか、新しいことができないかというのが、ずっとある会社なんです」
「社長は『俺は命をかけてやっている』って言います。本当に、それくらい商品にはこだわっています」
聞き手:丸山夏名美 執筆:天野崇子
※写真はすべてくら寿司株式会社提供
企業情報
会社名:くら寿司株式会社
取材対象者:取締役 広報・IR本部長 岡本浩之さん
創業:1977年5月
経営理念:「Food Revolution=食の変革」を目指し、独自性・存在価値のある商品や店舗、仕組みを生み出し続けることを掲げています。また、「見えないところこそ大事にする」という考えのもと、お客様の立場に立った食の提供を重視しています。
事業内容:回転寿司チェーン「くら寿司」の運営
所在地:大阪府堺市中区深阪1-2-2
URL:
https://www.kurasushi.co.jp/
情報提供元:ローカリティ!
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